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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)529号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人の上告趣意第一のうち、昭和二八年(あ)第一七一三号・同三二年三月一三日大法廷判決は、性行為の非公然性を説き、猥褻性判断の基準としては、一般社会に行なわれている良識すなわち社会通念が用いられるべき旨を判示しており、これは、社会における平均人の直感的理解を意味するものであるところ、本件各書籍は英文で書かれているため日本の社会の平均人には読解困難で公然的でなく、猥褻感を与えるものではないから、猥褻文書と判断されるべきではないのに、これらを猥褻文書と判断している原判決は、猥褻性判断の基準として、右大法廷判決と異なるものを用いている点において右大法廷判決の判例に違反するという趣旨の点について。

原判決は、刑法一七五条にいう猥褻の文書とは、その内容がいたずらに性欲を興奮または刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する文書をいうものと解すべきところ、本件各書籍は、いずれも、読者の性的興奮に訴え、性欲を刺戟または興奮させ、羞恥嫌悪の情を抱かせ、善良な性的道義観念に反するに足りるいわゆる春本であり、英文で書かれているからといって、ただちにその猥褻性が否定されるべき筋合のものではないこと、本件各書籍が英文であるため、その読者はおのずから限定されるが、その英文は比較的平明であり、かつ、現代的であって、特に読みにくいというほどのものではないこと、および、本件各書籍は、わが国に在住ないし居住する外国人が多数購入している事実が看取されるので、これら外国人を含めて不特定多数者に本件各書籍が公然販売されること自体、わが国社会の性的秩序を乱し善良な風俗を頽廃堕落に導くものであることを判示しているのであり、本件各書籍の読者たりうる英語の読める日本人および在日外国人の普通人、平均人を基準として猥褻性の判断をしているものと解せられる。

右大法廷事件では、問題の訳書が日本語で書かれ、通常の出版販売方法で広く社会一般人に販売されていたため、一般読者に与える興奮刺戟や読者のいだく羞恥心の程度は、一般社会において行なわれている良識すなわち社会通念により判断されるべきものとされていたのであり、ある書籍の読者たりうるものが社会一般人ではなく、ある限られた範囲のものにとゞまる本件において、その読者たりうるものの普通人、平均人を基準に猥褻性を判断している原判決は、右大法廷判決の判例に反するものではなく、むしろ、右大法廷判決の趣旨を、本件事案に調整適用しているにすぎないものである。したがって、論旨は理由がない。

弁護人の上告趣意第二のうち、憲法二一条のもとでは、出版物の内容をなす思想そのものゆえに出版物を猥褻物として取り締まることはできないのであるが、原判決は、猥褻の構成要件に該当する具体的個所を明示することなく猥褻文書と認定している一審判決を是認しており、猥褻部分を指摘せず、書籍全体に対し猥褻物という評価をすることは、思想そのものの弾圧という弊害を産むおそれがあるから、原判決は憲法二一条の解釈につき誤った判断をしているものである、という趣旨の点について。

一審判決は、「内容全般にわたって露骨詳細な性交、性戯に関する描写記述」のあるものとして、判示第一および第二記載の計八種の書籍を猥褻文書にあたると判示していて、思想そのもののゆえに本件各書籍を猥褻文書にあたると判断しているわけではないことは、判文上明白であり、思想そのものの弾圧という弊害を招くおそれはありえない。したがって、所論違憲の主張は前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。

弁護人の上告趣意第三のうち、判例違反をいう点について。

所論の実質は、刑法一七五条の解釈適用の誤り、ないし所論二種の書籍を猥褻文書にあたるとした法的価値判断の誤りをいう単なる法令違反の主張にすぎず、上告適法の理由にあたらない。

上告趣意その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも、上告適法の理由にあたらない。

よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

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